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お伊勢さん

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五十鈴川
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参道には常緑樹が多く見られました
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樹齢500年の杉の大木に触れてパワーをもらいました

 人が集まりにぎわう場所も時と時代により変わってきます。時代の変遷とは地域の人の離合集散の歴史であるかも知れません。その背景にあるものはいかに時代の先を読めたかにかかっているようです。特に地方の街や観光地・温泉地の変遷は激しいものがあります。昔の人は選択肢が少なかったので限られた温泉地に年1回行くことを何よりの慰労としていたようです。明治生まれの祖父も佐賀から杖立や天ヶ瀬等の温泉地に農作業等の骨休めに行くことを何よりの楽しみにしていたと聞いていました。九州の近県までがせいぜい慰労の場所であった時代と違い、現在は日本の国内はおろか海外の様々な場所にまで行けるようになりました。また魅力的な場所の情報の豊富さには迷ってしまうほどになりました。人の好みも瞬く間に変化していく中で、激烈なほどの人の引っ張り合いが展開されているのが現在の観光地や温泉地の現状です。この小国も隣の南小国町の黒川温泉の陰に隠れてしまい、今一つ存在感を発揮できないでいるようです。

 小国町が林業や農業や何を経済の基盤としていくのかの指針がよく見えてきません。温泉地もあるのですが全国区の黒川のような温泉地が隣りにあるせいで、目立つものの横はどうしても見劣りがしてしまうのです。小国は観光地としても温泉地としても活用できる資源を持ちながら生かしきれていない気がするのです。人は人が集まる場所に引きつけられるのです。最初に人を引きつける魅力的なきっかけが必要なのです。一過性の仕掛けではすぐに飽きられてしまいすぐに見向きもされなくなります。永続的でなおかつ誰彼無く人が集まるよう要素がなければこれからの観光地や温泉地は生き残っていけません。一度人が集まり出せばその動きが人を寄せてくるそれがブームなのです。しかし、ブームはいつかは潮が引いていくのです。一時のブームではない絶えずリピートしてくれて世代を変えて訪れてくれるような、そういう温泉地がこれからは求められるはずです。人が多く集まる場所に何故人は集まって来るのかをテーマに小国でのこれからの地域づくりと宿を考えていきます。

 三重県の桑名に用事が出来たので伊勢に行って来ました。滅多に訪れない三重県となればお伊勢さんの参拝は欠かせません。女将は初めてのお伊勢さん参りと、ビーズの手作りをやっているので丸くない真珠を手に入れたいと出かけました。私は奈良大の卒業の時に母や叔母や妹達と34年前に訪れたことがありました。その当時は参拝客も少なく静粛な中で厳かな雰囲気をたたえていました。全国に知れ渡った知名度の割には俗化していない、さすがに神様の総帥の社であると思っていました。ところが、その34年前からお伊勢さんに抱いていたイメージは見事に覆されてしまったのです。式年遷宮の年であり春休みであったかも知れませんが、内宮は人で埋め尽くされていたのです。江戸時代のおかげ参りで全国から人が押し寄せたのを彷彿とさせる人の多さだったのです。神域に入ていく厳かさありがたさは残念ながらその日は薄れていたのですが、人が多く集まるのには仕掛けがあったのです。34年前にはなかった江戸時代の大繁栄を再現させた街が作られていたのです。佐賀の祐徳さんを見れば分かるように、門前中町だけでは人は集められないのですが、今はやりのレトロな街をお伊勢さんとセットにすれば人は集まるのです。おはらい通りとおかげ横町には赤福の本店を初め土産物屋や食べ物屋真珠の店松阪牛の店伊勢うどんの店等雑多な店がどの店も活気と人が溢れていたのでした。

 昔にぎわっていた街が寂れていくのは寂しい気がしますが、以前より活気が出ていたのはそこに人々の知恵が加わり人々の結集の熱意が感じられて嬉しくなりました。34年前の静粛さも懐かしいものですが、人が集まれば街も潤い元気が出ます。江戸時代の賑わいを取り戻したお伊勢さん、外宮の前で休んだ赤福の茶店で食べた赤福は観光地にある名物の土産物用の浅い味ではなく本物の餡の味がしました。おかげ横町で食べた独特の醤油を掛けただけの伊勢うどんの味も忘れられない物となりました。神様のパワーの力はあまりに人が多く薄れてしまっているように感じましたが、人が群衆のように集まる所にはそれなりの熱気が働き、その街全体から何らかの力を発しているものを感じました。もちろんそこに住む人々や働く人々はお伊勢さんに感謝をしているに違いないと思いました。

 お清めのため、賑わいの参拝客の列からはずれて五十鈴川に近づくと、川の流れは34年前と同じく清らかに流れていました。散りかかった桜を映して川の流れが昔のように静かに流れていました。昭和54年のその年から教職に就いたのがほんのついこの頃のように思い出されました。34年たち私の人生の流れは紆余曲折を経て、その時には想像もしていなかった小さな宿の河畔に立つことになりました。江戸の昔から静かに流れ続ける五十鈴川も多くの参拝客の人生を川面に映して流れてきたはずです。時代が流れても変わらない流れがあるように、静かな中にも人を引きつけて流れていく流れのような宿を目指して、人が集まる所以は何かを絶えず考えながら宿の流れを作っていきます。

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溢れる人のおはらい通り
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真珠 赤福 伊勢うどん 松阪牛の串焼き


25年4月9日
古天神 井崎






 




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