谷底に落ちる気配よ月凍る

冬兎轢かれた耳の白さかな

問いただす視線漂い霰降る

薪はじけ独居の眠り深くなる

葉を落とすクヌギ林は星の棲む

冬枯れのクヌギも枝で探し出す

轢かれたる白兎(はくと)の涙凍りゆく

菫らを眠らす野原未だ霜

冬の月背に貼り付けて角曲がる

戸を閉めてより人を恋ふ寒の月

冬灯り探し求めて街を漕ぐ

ゆらゆらと情念の人雪溶かす

枯れ野さえ情念ゆらり焼き尽くす

買い物の籠も寂しげ松の内

言いしれぬ寂しき夜に雪灯り

屠蘇吞まぬ元日となる父居らず

なまこ食ふ正月の朝消えたまま

27年1月18日

古天神  井崎

 雨も多く気温も上がらずに夏らしい天気に恵まれないまま、初秋には台風に襲来されてさんざんの気候でしたが、やっと秋も深まり落ち着いた天気が続くようになりました。宿での2回目となる大島麻知子ジャズライブの熱気の余韻を引きずりながら、やっと秋の景色に色合いが変わる頃、皆様への感謝の気持ちを込めつつ振り返っております。

 昨年の1回目は宿での最初の試みでしたので、とにかく無我夢中でした。女将と二人で企画を立ち上げ、とりあえず大島さんと日程だけを決めて、ポスターから会場の椅子、食器類、カレーの準備等と手探りの状態で始めました。幸い小国の地元の皆様を初め、お世話になっていた方々の協力を得て、どれだけのお客様が来ていただけるのか不安になりながらも 何とか開催にこぎつけました。あれから1年の時間の経つのが早すぎて、気持ちの準備が調わないまま開催の1ヶ月前を迎えてしまいました。

 お客様集めに苦労をしていましたので、お泊まりのお客様毎にジャズライブ開催の紹介をしていましたところ、幸いご予約をいただき、開催の2ヶ月前から満室をいただいておりました。ところが9月になりましてポスターを配布しましたが、一般のお客様の反応がなく、心配になりだしていました。9月中旬になりましても数名の予約しかいただかず、焦りが出てきていました。やはり2回目はお客様が減るというジンクスはあるのかなと弱気になっていました。しかしながら、こちらからお誘いの電話をおかけしましたところ、たくさんの皆様に応じていただき昨年同様の30数名のお客様に来ていただくことが出来ました。

 飄々とした博多のジャズの重鎮、ベースの川上さん、昨年のカレーがおいしかったと言っていただきカレーをお出ししたことを覚えていただいていただけでもこの上ない感激を覚えました。佐賀で開催したときの牛すじ大根もおいしかったと覚えていて下さり、気さくな人柄にますます魅力を感じていました。ベースは佳境の域を超えて奔放な旋律を刻んでいました。口数は多くなく控えめながらも緒方さんのピアノは流れるように、優しく起伏に富んだメロディーを奏でていました。演奏の前に焼酎を勧めておけば、ピアノの艶がもっと出ていたのかも知れません。昨年は初めての出会いだったので遠慮がちに叩かれていたドラムの木下さん、今年はきっちりと本来の音を出されてリズムにのりが出て気持ち良さが伝わってきていました。

 大島さん、ますます歌にも人生にも磨きがかかってきているような気がします。ニューヨークのジャズバーに出演されても多分好評を博するのはないかと、出演依頼が増えるのも納得出来ます。同じ高校の同級生で、現役時代は一度も言葉も交わしたことのない間柄ですが、還暦同窓会を縁に知り合うことが出来ました。遠い小国の地までの出演依頼にも快く引き受けていただき、何にでも好奇心旺盛で勉強家の大島さんにはこれからのますますの活躍を期待しています。私の好きなジャズのライブを宿で開催できるのも大島さんのおかげであり、宿をやっていなかったらジャズのライブを主催するなど思いもつかなかったはずで、人生の巡り会いの不思議さを感じています。

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ジャズ流る音の向こふは枯れ葉色


26年9月24日

古天神   井崎

夜のカフェー孤独の月が友となる

阿蘇を背に青を突き刺す芒立つ

人会わぬ里の道にて熟柿踏む

熟柿より夕陽の赤の破れ出す

コスモスは矜恃を胸に風を受く

ゆっくりと熟柿の落ちて空曇る

コスモスの揺らげる庭の廃墟かな

村里の廃屋の庭芒立つ    



  古天神 井崎

くつろぎの大人の宿「風のテラス 古天神」
第2回ジャズライブ
 ゆったりした雰囲気の中で心ゆくまで大人のジャズを堪能して下さい。          
            

1 期 日 : 26年 9月27日(土)

 
2 時 間 : 開場17時  開演19時

3 場 所 :  風のテラス 古天神 本館レストラン

4 一般者 :  3000円  

5 定 員 :  先着予約20名様 電話予約にて

6 宿泊者 : 「月の音」「水の音」3名様以上
               料金はお一人様19800円
7 食 事 : 佐賀産牛カレーライスとワンドリンク                   デザート付き

8 出演者

ベース    川上俊彦
ピアノ    緒方公治
ドラム 木下恒治
ボーカル 大島麻池子

         博多の老舗ジャズ喫茶 リバーサイドにて活躍中
予約 問い合わせ
090ー2716ー9655 
                             古天神 井崎

なお、宿泊に関しては今回はすでに満室となっております事をご了承下さい。

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昨年の第1回ジャズライブ

 霧雨のような雨の中、宿の近くを歩きました。もやがかかり遠くの山々の景色は煙ってしまっています。一度夏のように気温が上がった後低い気温が続いています。今年が特別なのか、ここ小国では6月でも肌寒い日が続いています。5月の初夏を過ぎれば熱い夏に向かって進むのかと思いきや、夕方からは冬に戻ったかと思うような変化の激しい気候がこの小国の特徴かもしれません。幸いこの宿は標高が高いために梅雨時でも平地のようなじめじめ感が少なく、いくらかさらりとしていることをここに住み初めて感じています。

 梅雨のどんよりと曇った景色の中、雨に濡れた樹木の木の葉は潤いを持った緑を放っています。たっぷりと水分を吸って瑞々しい林や森の姿を見せています。雨は苦手なので梅雨も出来たら避けたいくらにありますが、激しく降らない霧雨のような雨は景色をしっとりと見せてくれて、梅雨の季節をゆとりをもって臨めさせくれる雨の降り方のようです。この宿からはしっとりと落ち着いた緑を濃くした樹木や草たちが見えています。厨房での料理の際に目の前に広がる緑に何度元気をもらったものか。お客様方の感想にもますます緑の覆われていくこの宿の静寂さを気に入ったいう声を多くいただくようになりました。建築当初よりも小鳥たちの鳴き声が多くなりました。姿はなかなか見せませんがウグイスにホトトギス、そのほか名前が分からない小鳥たちが数多くさえずりの声をあげています。もう初蝉も鳴きましたし、これから夏にかけてはヒグラシの大合唱に宿は包まれて行きます。

昔佐賀で農業をやっていた頃のこの6月の梅雨時は一年で最も忙しい時期だったのです。この宿で今このように梅雨景色をゆとりをもって眺めるなど全く考えられない季節だったのです。ただ子供でもあったので家中が田植えのために、とんでもない忙しさであったのは覚えていますが、どこか他人事のように過ごしていた気がします。多分両親が農業の苦労を余り子供にはさせたくない気持ちがあったのかも知れません。いくらかの農作業は手伝ったことはありますが、農業の本当の苦労をしないまま大人になっているようなので、今では両親に申し訳ない気持ちで一杯です。畦の草取りを父親としながら延々と続く腰をかがめた終わりの見えない農作業に自信をなくした情けない自分がいたことを覚えています。田植えや稲刈りをすべて手作業でやっていた頃の農業だったので特にやっていけるか不安があったようです。肉体的な農作業の苦労をしてきたあの時代は、江戸時代からほとんど同じような肉体に汗した重労働だったのです。あの時代は農業だけでなくその他の職業も似たような苦労をされていた時代だったはずです。人生の本当の苦労をされて来た人たちは腰が据わり体の奥底に芯を持っておられるような気がします。表面だけでなく、家族や地域に根付いた生活の重みを働きながら体現されてきたようです。それが社会であり、時代を作り伝統となり文化を形成し歴史となっていくのです。

 肉体に汗して働いている人の人生には頭が下がります。時代の発展とは人間の重労働からの解放でもありました。重労働だった肉体の苦労から解放され軽減はされたのですが、人間は新たな苦悩を抱えているのです。目の前の人の手の肉体的な労苦が機械やネット等が代わりにやってはくれたのですが、目の前にあったやるべき苦労に割いていた時間の使い方に慣れず、進むべき目標さえ見失い途方に暮れて、心の隙間を埋める手立てが見つからず、悩みを抱え始めているのです。延々と続く草取りは、延々と続いていくはずであった歴史の一コマであったのです。そこには肉体の苦労はあったのですが、苦労を誰もが共有しているという安心感が時代の証としてあったのです。だから誰もが苦労を苦労と思わず、また誰もが貧しかったので貧しさに恥ずかしさも生じていなかったのです。農業をやっていた両親の頃に都会の近代化が伝わってくると農業の苦労が顕在化してきたはずです。そのために子供には農業の苦労はさせたくない気持ちが湧いてきて子供に余り農作業を手伝わせず、親の自分の代で農業の行く末を見定めていたのかも知れません。

したいことをさせてくれた両親には感謝してもしたりません。親には相当苦労を掛けてきたのを子を持つ親となり今更遅いのですが実感しています。前のめりに人生を歩いてきたようです。何かにせき立てられるように。もっと立ち止まってじっくりと腰を落ち着けてあたりに合わせても良かったのかも知れませんが、前に突き進むことしか頭になかったのです。多分若いときの大病がそうさせているのは間違いありません。ここまでの人生をその当時は考えなかったのです。今では無謀なもなことを平気でやってきたし、やれた時代でもあったのです。大学を出て勤めていた所をやめて母親を泣かしてしまい、母親の心配をよそにバイクでは長野まで4回も走りに行きました。そのほか数え切れないくらいの心配をかけ続けたようです。農家の長男で佐賀を離れて宿をやるなど父親が元気な頃は言い出せず、隠してこの土地も求めていました。苦労を余り顔には出さずに働き続けてきた両親のおかげでこの宿もやることが出来たのです。


 曇り空の梅雨の季節には紫陽花の花が明るい光を周りに放っています。この小国では5月の連休頃に田植えが行われますが、梅雨の季節はどうしても両親が忙しく働いていた田植えの時期を思い出し、両親の苦労に思いが及びます。しっとりとした梅雨特有の季節がそうさせるのか、それとも小国の農家の方が雨の中腰をかがめて、苗の補植をされていたのが両親の田植えの姿を思い出させたのかも知れません。霧雨にけぶる山の梅雨の景色は緑をいっそう際立たせますが、時代から消えつつあるあの時代の農家の苦労も梅雨の空の中で忘れてはならない人間の大切な記憶として残していかねばならない気がします。その苦労の上に現在の私達があるからです。


ほととぎす鳴く夜は涙にじみ出る

郭公を遠くに聞きて人恋し

ほのかなる蛍の明かり胸に抱く
 

おぼろげな満月の夜はおろおろと

初蝉に真夏の空の降り注ぐ

整然と並ぶ早苗に父の腰

弟の逝きし6月雨重し

子を亡くす母の嘆きは梅雨の空  

梅雨空の虹の向こうに忘れ物

たたき梅作りし頃の子はいずこ

曇天の梅雨の空にも蛍飛ぶ  

儚さを紫陽花の赤包み込む

梅雨空の雨音聞きて本閉じる

虚しくて梅雨の雨にも傘差さず


 


26年6月18日

古天神 井崎